2014年イスラエル+イスタンブール旅行記

 イスラエル・イスタンブール旅行予定

義兄と二人で旅行。

*2月22日(土)
 関空(23:20)発 TK047

*23日(日)
 イスタンブール(5:45)着(9:20)発 TK794
 テルアビブ(11:30)着
 テルアビブ市内へ移動。午後市内散策(テルアビブ泊)

*24日(月)
 ナザレ・ティベリアとガリラヤ湖1日ツアー (同泊)

*25日(火)
 カイザリア・ハイファ・アッコー・ローシュハニクラ1日ツアー (同泊)

*26日(水)
 キブツ1日見学ツアー (同泊) 

*27日(木)
 エルサレムへ移動。午後市内散策(エルサレム泊)

*28日(金)
エルサレム日本語ガイドツアー (同泊)

*3月1日(土)
ベツレヘム・エリコ1日ツアー(同泊)

*2日(日)
マサダ国立公園・死海1日ツアー (同泊)

*3日(月)
 エルサレム市内散策   (同泊)

*4日(火)
 テルアビブ(15:40)発 TK787
 イスタンブール(18:05)着 (イスタンブール泊)
  飛行機出発が40分遅れた。到着が19時前になった。

*5日(水)
 イスタンブール市内散策 (同泊)

*6日(木)
 午前・午後イスタンブール市内散策   (機中泊)
 
*7日(金)
イスタンブール(0:50)発 TK046
 関空(18:45)着


(備考,予算等)
*航空機 TURKISH AIRLINES
 2/22 関空、イスタンブール 23:20−05:45 TK047
 2/23 イスタンブール、テルアビブ 09:20−11:30 TK794
 3/4  テルアビブ、イスタンブール 15:40−18:05 TK787
 3/7  イスタンブール、関空 00:50−18:45 TK046
  航空機代合計 145500円

*ホテル
 PRIMA TEL AVIV HOTEL +97235206683
  2月23日(日)から27日(木) 4泊 296ドル(31089円)
 JERUSALEM INN +97226252757
  2月27日(木)から3月4日(火)5泊 519ドル(54511円)
 HOTEL GRAND STAR +902122527070
  3月4日(火)から3月6日(木) 2泊 116ユーロ(16497円)

*現地ツアー
 予約したツアー会社から送られてきたツアー内容から


(ツアー会社、ベリンハリム)
2月24日(月)ナザレ・ティベリアとガリラヤ湖1日ツアー
  85ドル(9075円)
07:15-07:30 テルアビブ内ホテルピックアップ
アルマゲドン渓谷を経由してナザレへ
イエスという名前は当時珍しい名ではなかったため、出身地を付けて「ナザレのイエス」と呼ばれていました。エルサレム北部にあるこの街ナザレはイエスが出生後、約30年間をマリアやヨセフと共に暮らした場所。
受胎告知教会
マリアが受胎告知を受けたとされる洞窟の上にあるナザレのシンボル。世界中のキリスト教会から寄贈された美しい絵画も壁一面に展示されています。新約聖書でイエスが水をワインに変える奇蹟を起こした「カナの婚礼」の舞台、クファル・カナや聖ヨセフの作業場に建てられた聖ヨセフ教会も人気のスポットです。
聖ヨセフの仕事場(教会)
新約聖書でイエスが水をワインに変える奇蹟を起こした「カナの婚礼」の舞台、クファル・カナや聖ヨセフの作業場に建てられた聖ヨセフ教会は人気のスポット!
カナを経由してガリラヤ湖地域へ
ガラリヤ湖はヨルダン渓谷が陥没して成形された南北20km、東西12kmの巨大な淡水湖。この地域の中心として栄えているのがティベリヤで、2000年以上の歴史を誇る街となっています。
パンの奇蹟の教会
ガリラヤ湖畔にあり、イエスが2匹の魚と5つのパンを増やして5000人に分け与えたという奇蹟をもとに建てられた教会。魚とパン、そして聖書に登場する蛇や鳥なども描かれた美しい床のモザイクが残り、その歴史はなんとビザンツ時代にさかのぼるそう。
カペナウム
洗礼者ヨハネが捕らえられたあとにナザレを離れたイエスが住んだといわれる聖地。
ヨルダン川
18:00 ホテルお送り


2月25日(火)カイザリア・ハイファ・アッコー・ローシュハニクラ
         1日ツアー  98ドル(10463円)
 (ツアー会社ベリンハリム)
07:15-07:30 テルアビブ内ホテルピックアップ
カイザリヤの海岸沿いからツアースタート!
カイザリヤ国立公園
- ローマンシアター
ハイファ観光
- バハーイー庭園・バーブ廊
- カルメル山の眺望
ローシュ・ハ・ニクラ観光
イスラエルの「青の洞窟」
コバルトブルーやエメラルドグリーンに輝く海をお楽しみください。
アッコー観光
十字軍の町
- モスク
- スーク
18:30 ホテルまでお送り


2月26日(水)キブツ1日見学ツアー  13000円
聖トラベルネットで予約 
 9:00 ホテル発 キブツ見学 昼食
 夕方   ホテル着


2月28日(金) 日本語エルサレム旧市街・新市街1日ツアー
         149ドル(15908円)
 (ツアー会社、イスラエルツアーズMT2)
08:00 ホテルお迎え
徒歩観光開始
オリーブ山の展望
- ゲッセマネの園
- 万国民の教会
- 旧市街徒歩観光
- ユダヤ人地区
- カルド
- 嘆きの壁
- ビアドロローサ
- 聖墳墓教会
神殿の丘の眺め
- シオンの丘
- ダビデ王の墓
- 最後の晩餐の部屋
15:30 ホテルお送り 徒歩観光終了


3月1日(土)ベツレヘム・エリコ1日ツアー
       125ドル(13346円)
 (ツアー会社ベリンハリム)
08:20 エルサレム内ホテルピックアップ
ユダヤ砂漠
ユダヤ砂漠。サウル王の刺客に追われるダビデがここに逃げてきて難を逃れたと言われています。ヘロデ大王時代の城壁のあとや遺跡などのほか、砂漠の壮大な風景もお楽しみいただけます。
善きサマリア人の宿
ザアカイの木
エリコ観光
世界最古の小さな街、エリコ。ここでは城壁の跡や遺跡、ルカの福音書でイエスの姿をよく見るためにザアカイが登ったとされるプラタナスの木などを見学します。遠くから誘惑の山も見学します。
エリコ観光(遺跡、誘惑の山など)
ベツレヘムへ
メンジャー広場
聖誕教会
イエスの出生の地に建つ教会、聖誕教会。教会の入り口は小さく、「謙虚のドア」とも呼ばれているほど。この小さなドアをくぐると大理石の柱が立ち並ぶ会堂があり、さらにそこから階段を下りればイエスが生まれたとされる洞窟があります。
カトリック聖カタリナ教会
聖誕教会のすぐそばに建つカトリック系聖カテリーヌ教会。クリスマスイブにはミサが開かれ、その様子はTV中継で世界中に発信されています。教会の外にはその生涯を聖書翻訳にささげた偉人、聖ヒエロニムスの像が立っています。
ミルクグロット
聖誕教会から少し東に進むと出会うのが、この小さな美しい教会、ミルク・グロット。言い伝えによると、天使のお告げに従ってマリアが幼きイエスとエジプトへ逃げる準備をしていた最中、母乳が何滴か地面に落ち赤い地面が乳白色の岩へと変わったそうです。
羊飼いの野
ルカの福音書に登場する「羊飼いの野」の場所だといわれている地はベツヘレムの隣町ベト・サフール周辺だと言われています。現在ここにはギリシア正教の教会があり、中はワインレッドのフレスコ画で埋め尽くされており非常に感動的です。
17:00 ツアー終了後、ホテルまでお送り
   とあったが、良きサマリア人の宿、ミルクグロット、牛飼いの野、は省略された。なお、帰りのバスがなかなか来ず約1時間待たされたため18時過ぎのホテル到着となった。


3月2日(日)マサダ国立公園・死海1日ツアー
       100ドル(10677円)
 (ツアー会社ベリンハリム)
08:20 エルサレム内ホテルピックアップ
善きサマリア人の宿、ユダヤ砂漠、死海を経由し、マサダへ
ケーブルカーに乗り、ヘロデ王の要塞跡を見学
標高400mの山頂に突如現れるヘロデ王の要塞跡は、紀元70年にローマ軍によってエルサレムは攻撃を受け、行き場をなくした千人ほどのユダヤの民が最後に立てこもった場所として知られています。
泥バスや不思議体験が人気の死海へ
浮き輪なしでも浮いてしまうほどの塩分濃度が高い死海。この機会に、他ではできない貴重な体験をしてみましょう!
*現地情勢や当日の状況により、予告無くスケジュールを変更又は観光順序が前後する場合がございますので、予めご了承ください*
17:00 ホテルまでお送りします



*2月23日(日)

深夜に出発した飛行機は、予定時刻にイスタンブールに着く。飛行機は満席。
1時間程度待ちの接続便があったが、万一遅れた場合を考えて次の便に乗る。
イスラエル行きの便はすいている。

上の写真はイスタンブール空港で。
ベングリオン空港に無事つく。入国審査では、手元に用意した旅行予定表、泊まるホテル、などの書類を見せる。
英文じゃないと分からないと言われたが、あっけなく終わる。入国のスタンプはなしで、カードをくれる。
このカード、パスポートに入れて常時携帯する。
空港で両替。1シュケルが31、3円。円安のせいです。テルアビブ、エルサレムで日本円を両替するが空港より少しだけ良い程度。
タクシーで,ホテルまで移動(4500円)
チェックインを済ませ、ジャッファまで散策することに。ホテルは4つ星というが、普通のビジネスホテルといった感じ。

春の陽気を感じる。日本は雪が降っているのにえらい違いです。

海岸沿いにぶらぶら歩いてジャッファへ。ヤッフォと歩き方では書かれているが、現地ではジャッファ。

サーファーが波乗りを楽しんでいます。

途中に,ジャッファ解放博物館というのがあったので入る。入館料450円(これ以降、1シュケルを30円と考えて計算することに)

建物は1943年当時にあったもの。改装して博物館にしたようだ。入館には持ち物チェックがある。
これ以降、博物館などの公共施設には持ち物チェックが必ずあるので特に明記しない。

独立戦争当時のジャッファの様子が詳しく展示されている。



散歩途中で見つけた落書き。マルクスも、アインシュタインもみんなユダヤ人だというわけだ。

歩くこと1時間でジャッファが見えてきた。

まずは、ビール。750円。物価は、日本の1,5倍から2倍といった感じだ。高いのだ。

のみの市。

市内をぶらぶら散策。

海岸通りを歩いてアンドロメダの岩へ。

これがその岩。

ジャッファ港へ。

旧市街へ。

皮なめしシモンの家。

聖ペテロ教会へ。



時計塔広場。

テルアビブへ歩いて戻る。帰る途中に、カルメル市場による。イチゴ、パン、お菓子などを買う。
イチゴは安い。

この種のテルアビブの建築物は世界遺産に指定されているだけあって美しい。

夕日が美しい。

夕食は、ベンイフェダー通りのイタリア料理店で。イタメシ屋が多い。中華料理店やすし屋は見つからない。
ビールにスープ、スパゲッテイで4000円。

ホテルに帰る途中で見つけたペットボトル回収ボックス。

2月25日(火)

自室で,持参したうどんなどで朝食。現地ツアーのピックアップ時刻が早いため。
15分遅れで車が到着。

市内バスターミナルが集合場所のようだ。各ホテルからの客がいったんここに集められ、それから行き先別に分けられる。
僕たちの出発は一番最後だった。


ナザレの受胎告知教会の見えるお土産物屋で降ろされる。トイレ休憩を兼ねたお買い物タイム。
見るべきお土産はなし。

隣の店では、各種香辛料を山積みにして売っていた。

受胎告知教会には、巡礼団が多くやってきている。



各国からおくられたマリア像が飾られている。

お告げを受けたとされる洞窟。

内部は岩がむき出しになっている。

中央の祭壇画。

ルカ長谷川の作品「華の聖母子」

聖ヨセフ教会。

ヨセフが大工の仕事をしていたとされる場所にある。

地下には、ビザンツ時代の礼拝所、ぶどう酒のサイロなどがある。

告知教会の地下には、遺跡があり、展示されている。

ガリラヤ湖へと向かう。

展望台にて。

パンの奇跡の教会。

ここにも巡礼団が多く来ていた。



モザイクが美しい。



カペナウムにて。聖堂と遺跡がある。

聖堂にて。

イエスが説教したシナゴーグはこの辺りにあったと言われる。

シナゴーグの遺跡。ガリラヤ地方最大のシナゴーグだったとのことだ。





ダビデの星が刻まれている。



昼食のレストランはセントピーターズフィッシュが名物とのことだ。



3枚におろしてボイルしたもの。ビールと魚料理で3000円。

食後、湖畔を散策。

ヨルダン川のヤルデニットへ。

アメリカの福音派?の巡礼団が洗礼を行おうとしている。服は、お土産物屋で借りられる。トイレ兼脱衣場で着替える。(有料だ)
この人たちは星条旗を先頭に巡礼している。何度も見かけた。





洗礼をせずに、泳いでいる人もいます。
これで本日終了。帰りのバスでチップをガイドから要求される。ちょっと不愉快。
ホテルまでミニバスで送迎。
夕食は、ホテル近くの小さなピザ屋でピザ一切れとビール。1000円。

 2月25日(火)

 次の日も現地ツアー。この日は、運転手兼ガイドで一人で案内される。ガイドさんもたいへんだね。
カイザリア国立公園へ。カイザリアというよりは、サイゼリアともカエサレアとも聞こえる。

海岸には導水橋が残されている。ローマ時代ヘロデ王がつくったもの。







円形闘技場へ。



隣にある、小映画館で聖書時代から十字軍、現代までの歴史が分かる映画が上映されている。
英語の内容だが、見ているだけでよく分かった。

ビザンツ時代のプール付きの宮殿跡。



これがそのプール跡。

宮殿のトイレ跡。水洗式だったそうだ。解説しているのはガイドさん。

ヘロデ時代の競技場が左にある。

こfれがその競技場跡。



アラブ時代の遺跡。浴場跡。

ビザンツ時代のモザイク。
なかなか見応えがあります。

次にハイファへ向かう。バハーイ庭園に行くが、あいにくクローズ。他のツアー客もフェンスごしに見学。



下の道路から庭園を見上げたところ。

アッコーの街に入ったところで昼食。

ケバブセット(パンの中に焼いたケバブが入っている、まあハンバークだね、サラダ、ジュース)で1800円。
ビールはありません。

市内散策へ。お菓子屋さん。写真をとったら怒られた。

まず寄ったのがこの店。

実演を見せてくれる。義兄はお皿を購入。ちなみに買ったのは義兄だけだったような。



十字軍の町へ。



一番下が、十字軍時代のもの。一番上が英国統治時代のもの。

騎士のホールで現在コンサートも行われているそうだ。

まさしく地下要塞。

左が、女子修道院で、右が監獄として使われていた建物。

スークを散策。

出来立てのお菓子を試食。

この店です。

空き家だけど売り物ではないとの表示。

隊商宿。18世紀のもの。入れません。

遠くに見えるのが聖ヨハネ教会。

灯台下で、迎えのバスを待つ。

ローシュハニクラへ。

レバノンとの国境。通行できません。

国連軍の車が出入りしていました。

ロープウェイで下の海岸に降ります。

洞窟を挟むようにトンネルがあります。

英国統治時代にはトルコからエジプトまで続いていた鉄道だそうだ。



洞窟内を散策。白浜の三段壁洞窟を思い出す。



上に、イスラエル軍の基地がある。







バスで帰るともう暗い。

ホテル近くの別のイタメシ屋で夕食。ビールとパスタで3000円。味は前々日食べたイタメシ屋のほうがうまかった。

 2月26日(水)

この日は、キブツ見学ツアーで余裕があるのでのんびりと。

この日の朝食。電気ポットがあるので便利。味噌汁のもとは日本から持ってきた。炭水化物オンリーだね。

食後、ホテル近辺を散歩。海水浴場が広がる。



手前にプール。向こうがヨットハーバー。

ベンイフェダー通りを散策。こんな店が。



ホテルに戻る。

定刻に迎えが来る。ガイドのワーグナーさんとその友達で案内。ワーグナーさんは現在、別のキブツで住んでいる。
兄は浜松にいるとのとこだ。日本にも来たことがある。友達は現在キブツで住んでいないとのことだ。
案内してくれるキブツショバールは、ネゲブ砂漠入り口の町ベエル・シェバ手前にあるネタニアの街の近くにある。
テルアビブから1時間くらい車で走ったところにある。
1946年に、ネタニア近くに住んでいたユダヤ人100人が現在のキブツショバールの片隅に3棟建物を1日で建てた。
この周りは荒れ果てた荒野であったとのことだ。
当時は英国統治下だったが、長らくトルコ統治下だったこともあり、トルコの法律が根付いていたらしい。
従来からこの地をを支配していたトルコの法律では屋根のある建物を作って住んだ場合には永久に住むことができるということだったらしい。
100人の内25人(男21名、女4名)がこの3棟に住み始めたのが、このキブツの始まり。
1947年、セーフティハウスと貯水槽をコンクリートで作る。ネゲブ砂漠で住んでいたユダヤ人たちが移り住み始める。
テント暮らし、掘っ建て小屋くらしをする。開墾をして農作物を作る。ピーナッツ、キャベツなどを栽培。
1948年、独立戦争。隣の土地を耕していたべトウィン族が逃げる(追い出した?)。
その数年後、ベルギー系ユダヤ人が現キブツショバール(ユダヤ人の開墾地、べトウィン族の土地)を買い取り、政府に寄付して現キブツが成立する。
2014年現在、キブツに生活する人々はすべてシェアする生活から,個々が所有する生活に変わってきている。
人口が徐々に減少。近くに住むべトウィン族が働きに来ている。農作物の生産から酪農業へと転換している。
というような説明を受けた。


ワーグナーさんのお父さんの家を訪問。お母さんは死別して現在ひとり暮らし。祖父が近くに住む。

3棟の住居を作った時の写真。

給水塔の建設。手を上げているのがワーグナーさんの祖父だそうだ。

給水塔。

小麦を作っていた頃。

柑橘類を作っていた頃。左がワーグナーさんのお父さん。

初期の集会所。

遠くに見えるのがコミュニティセンター(食堂、集会室、商店、洗濯所など)。右手に見えるのが、旧幼稚園、乳児用は保育所で、それ以外は幼稚園のようだ。

搾乳所。機械化されている。



牛舎。

搾乳を終えた牛が牛舎に戻る。手前の土管で牛が逃げないようになっている。

牛舎の様子。

牛糞を集める。乾燥しているから処理しやすいようだ。

牛用の牧草地。

小麦の仲間か。

遠くに見えるのが収穫した牧草置き場。



養鶏場の管理棟。

鶏小屋。

飼料をタンクに入れて自動給餌。水も自動給餌。飼料は、キブツ内にある飼料工場で生産している。

これが鶏小屋。

内部はこんな感じ。フラッシュで撮影。

管理棟にて。コンピュータで自動管理。

元小学校を住居用にリニューアルしている。小学校は近くのキブツに統合されている。
その代わりにハイスクールがこのキブツに建てられている。

元小学校の校庭。

現在の幼稚園を見学する。

手洗い場。



男子用トイレ入口。

救急措置の仕方のポスター。

児童名簿一覧、緊急連絡先。

お昼寝部屋。

食堂兼、室内遊戯場。

児童の作品。







集会室。

校庭で遊ぶ子どもたち。

現在の乳児用保育所。

コミュニティセンターで昼食。

セルフサービス方式。代金は各自のキブツカードで支払い。後日、収入から精算される。
買い物、洗濯代すべてこの方式。お金は使わない。

僕の昼食。ワーグナーさんのお父さんのおごりなので代金はわからない。

自動皿洗い機。

現在も使われる給水塔。

洗濯室へ。分別してこれらの箱に入れる。

分別された衣類。



洗い終わった後、個人別に箱に入れられる。代金は重量制。



衣類には数字が書かれていて、この数字で誰の衣類かが分かる。

衣類、日用雑貨店。

食料品売り場。

小さめのスーパーです。

現在は使われていない、廃屋。



巨大なトラクターなどが並んでいます。
なかなか見応えのあるキブツでした。

ホテルに帰ってきたが、まだ明るいのでシャロームタワーに行くことに。

わりと歩きました。テルアビブ初の高校があった場所に建てられたビルだそうだ。

テルアビブの歴史資料館と行った感じ。



ビルの最上階からの眺め。

高校の歴史、資料の展示。

テルアビブ市内のパノラマ模型がある。



学校の周りの様子。高級住宅街だったことが分かる。

高級住宅街の面影を残した家。

タワーの周りは高級住宅街で下ったところにカラメル市場がある。
今日の夕食は最初に行ったイタメシ屋。ビールとパスタで3000円。


 2月27日(木)

この日は、エルサレム(ジェルサレムと言わないと分かりにくいみたい)への移動日。
タクシーでセントラルステーションに行く。タクシー代1500円。
エルサレム行きの乗り場が分かりにくい。何度か尋ねる。行ったり来たりしてやっと見つける。

405番であることは歩き方に書いてあるが、それが607乗り場から出ることは書いていない。



切符は乗るときに買う。600円。安い。

車内の様子。エルサレムのバスステーションからタクシーでホテルに行く。1200円。
チェックインまで時間があるので、イスラエル博物館へ行くことにする。
LRTとバスに乗って(200円)いくことにしたが、バスステーションから乗り換えなのだがバスは来ない。
それでタクシーで行くことに。

最初からタクシーで行ったほうが良かったかも。入場料1500円。

まず死海写本館へ。館内は撮影禁止。

第2神殿時代の模型。巨大です。

考古学館へ。ここは撮影OK.

生徒も見学に来ていました。シナゴーグを再現。

キリスト教会を再現。

昼食は、館内のカフェで。コーヒー、ヨーグルト、サンドイッチ。おなかがいっぱいになる。

続きを見学。美術棟にて。印象派、後期印象派の作品が並んでいる。写真はとれません。
現代絵画などの作品の展示室には係員がいないようだ。上記はその作品の一つ。
だれも触りもしないだろうなあ。

民俗学博物館のミニ版の展示コーナーもありました。
子どもたちは、青年館の工作室でこのようなお面を作ったのでしょう。

日本のコーナーには、おなじみの鎧兜、浮世絵、根付などが展示されていました。

中国の展示箇所。

フランスの貴族のダイニングルームの展示。
次に、国会議事堂へ。

予約者のみ見学できる。高校生の団体が見に来ていた。義兄が座ってペットボトルの水を飲んでいたら何をしているのか守衛に詰問される。
ほうほうの体で立ち去る。博物館まで戻りタクシーを拾う。このタクシー、ジャッハ門までというと、メーターを倒さずに1800円という。
ちょっと高いと思ったが乗ることに。この運転手、ベツレヘムに100ドルで行くから乗れととうるさく誘う。
相手にしているときりがないので無視。

ジャッハ門(ヤッホ門では通じにくいようだ)近くのダビデの塔を見学することに。900円。

中は、エルサレムの歴史資料館といった感じ。

塔からの眺め。

神殿の丘、墳墓教会も見える。

ダビデの像。

塔の建設の様子。

夕食は、ベンイフェダー通りのイタメシ屋で。イタメシ屋がやけに多い。もうイタメシには飽きてきた。
このレストランは大はやりだったので入ることに。ビールとパスタで2700円。

通りの向こう側に出たら、蚤の市がまだやっていたので見ることに。

そこで記念に買ったのがこの計算尺。900円。ちょっと割れている。

キリル文字で書かれているから、旧ソ連時代のものかなあ。ロシアからの移民が手放したものだろう。


 2月28日(金)

エルサレム徒歩1日ツアー。ガイドは、モシェ・ツェデックさん。「すごいぞイスラエル」みなみななみ著、という本をよんだが、
その本の中にでてくる日本人ガイドの旦那さんだ。いろいろ、興味深い話をうかがった。前日、確認の電話があり,当日時間きっちりに来られる。
来週から砂漠に行って軍事訓練があるので、体を鍛えているとのことだ。45歳まで軍事訓練がある。
どこに、どれだけ行くかは軍が決める。拒否はできない。訓練期間の収入は,前年度の所得から計算して支払われる。
イスラエル国政の問題点は、超正統派のユダヤ教徒、家族が増えて人口の2割を占めている。これらの人は兵役を拒否している。
ユダヤ教の勉強を行うことを理由に働かない。そして、ほとんどが生活保護を受ける。ホテル近くにその地区があり,後日見学に行く。
確かに低所得者が集合して暮らしている感じの地区だった。
もう一つはアフリカから経済難民がユダヤ教徒を理由に押し寄せてきている。人口の1割を占めている。
ヨーロッパ諸国が経済難民を受け入れていないから、よけいにイスラエルにやってくるとのことだ。
モスレム(イスラム教徒)は、兵役を免除されているが、働いているので問題はない。兵役は希望すればOKらしいが。
などなど、興味深い話をされた。ホテルから歩いて旧市街へ向かう。

ロシア政府の持ち物だった建物。リニューアルの工事がされている。

総合庁舎近くにあったローマ時代の円柱。遺跡がそこら中にある。

総合庁舎前。

玄関にはライオン像がある。

ダマスカス門前を歩く。

ゼデキアの洞窟前を歩く。

ヘロデ門は兵隊が集合していて,封鎖されていた。理由は分からない。
モシェさんは、タクシーを待つが来ないので、白タクでオリーブ山に向かうことにする。

オリーブ山は観光名所で巡礼団や観光客でいっぱい。こんな商売も。

オリーブ山からの眺め。後で、この谷を下りて向こうの城壁まで歩く。

主の泣かれた教会近くの墓地の遺跡。イエスの時代のもの。いったん、横穴に遺体をおいて骨になった段階で前にあるような石棺に骨を入れるとのことだ。

カラット豆の木。豆は食べられる。収穫期は過ぎている。

まだ少し残っていたが、変色している。食べることはできる。この中の種がダイアモンドの単位になったカラット。

主の泣かれた教会はミサをやっていたので入れず。

黄金門の前は墓地の特等席だそうだ。ずらーと墓が並んでいる。

ユダヤ教徒の墓。

石が置かれているのは墓参りをしたときの記念であなたを忘れないという意味だそうだ。
手前の小さな穴には,ろうそくなどの墓参り道具が置かれている。

荒らされたユダヤ人墓地。最近も荒らされる事件があったとのことだ。

ゲッセマネの園のオリーブの木。イエスの時代からのものだというが・・・

種をひらいました。記念に持って帰ることに。

万国民の教会。

横から見るとこんな感じ。

中はこんな感じ。

オリーブ畑を歩いて行ってマリアの墓の教会へ。

マリアの墓の教会入り口。

中は広い。両サイドにマリアの両親の墓がある。

マリアの墓。



隣にもマリアの墓の教会と称される教会がある。

地下の礼拝堂。巡礼団がミサを行っていた。

ケデロンの谷へ。ダビデの時代からつづく洞窟の墓地がある。これはアブサロムの塔。
ダビデの息子アブサロムの墓。

ケデロンの谷を望む。現在はモスレムの住宅が上に建っている。

城壁を登ってきたところ。向かい側は東エルサレム市内。

ダビデの町の遺跡。紀元前1000年当時のもの。





休憩所にてしばし休憩。ヘゼキアのトンネル等にここから行くことができるが、本日はカット。

現在も発掘はつづいている。建っている住居はモスレムのものであり、売らないとのこと。

糞門から旧市街へ入る。

神殿の丘の下の遺跡。

右側に神殿の丘への通路があるが、本日は閉鎖。左側が嘆きの壁への通路。

嘆きの壁。

左奥の建物はシナゴーグになっている。入るとこんな感じ。超正統派の信者がお祈りしている。

館内は立ち入り自由。

超正統派の信者の仕事はお祈りすることと学習することとのことだ。ラビとして聖書や戒律、お祈りなどを教えることもするようだ。
いわゆる普通の生産活動はしないとのこと。
モシェさん曰く、キリスト教徒にはイエスは神だと言えばなれる、モスレムは、アッラーアクバルと言えばなれる。
ユダヤ教徒は、ラビについて学習し、教徒として合格しなければなれないからたいへんなのだ。
モシェさんの日本人の奥さんは、学習し合格してユダヤ教徒になったのことだ。
ユダヤ人はユダヤ教徒ではなく、ユダヤ教徒がユダヤ人であるとのことだ。人種は関係ない。
とはいうものの、黒人や黄色人種のユダヤ教徒には偏見があるとのことだ。

女性がお祈りするのは左側。橋は神殿の丘につながっている。ビアドローサを訪ねる。

第2留。ここでイエスが十字架を背負わされた。

こんなものがお土産に売られている。

モスクがあるが、入れない。

第3留にあるアルメニアカトリックの小聖堂。



オーストリアンホスピス、現在はホテルとレストランがある。入り口が閉ざされているし前に子どもが座っているので入りにくい。

中に入るとこんな感じ。ひろびろ。

ここの屋上が絶景ポイント。



真下がビアドローサの通り。

観光客がいますねえ。

内部は良い感じ。こんなところに宿泊するのも良いかも。

出てきたところ。

出たところにバリケードが張られ、軍隊と警察により通行止めになっている。
理由は分からない。というわけで、モシェさんは、まだ歩いたことがないので不安だけど、別の道を歩きますと言ってついてくるように言う。
早足で人通りのない道をあるく。観光客が入っていく場所ではないようだ。
後日、モスレム教徒地区、アルメニア地区などを歩いたときに住民から立ち入らないようにと注意された。

こんな細い路地を歩いて迂回する。

第6留。

第5留。

イエスがここに手をついたらしい。皆さんも手を当てていた。

第7留。

第8留。

第9留。前に見えるのがコプト教会への入り口。

コプト教会の修道院があり修道僧がすんでいるとのこと。

コプト教会の礼拝所への入り口。

修道僧がお祈りをしている。

前庭にて。観光客でいっぱい。

あのはしごが有名。



聖ヘレナ聖堂。



イエスの墓から出てきた観光客。

地球のおへそ。

イエスの墓に入るのは1時間待ちのようだ。入るのをやめる。

イエスが死んだとき,香料を塗られた場所。
いっぱい見たが、どれがどの場所かよく分からなかったのが実感。

旧市街に戻って、聖ヨハネ教会。

ここに、ヨハネの首が葬られているとのことだ。

ヨハネの首。

聖マルコ教会。本日はクローズで入ることができなかった。歩き方では無休となっているが。

アルメニア地区。アララトというのはアルメニア人のことを意味するらしい。

聖ヤコブ大聖堂。

儀式がおこなわれるときにだけ内部が見られる。イエスの弟ヤコブが葬られている。

アルメニア虐殺に関するポスターが掲示されていた。

イスラエル政府は世界各国からユダヤ教徒の若者を無料で招待してツアーさせている。これはそのツアーの若者たち。

シオン門を出て、マリア永眠教会へ。

永眠するマリアの像。

次に、最後の晩餐の部屋へ。

十字軍によって建てられてモスクとしても利用されていた。

タビデ王の墓へ。

本日は金曜日のため,もうしまっていた。

ユダヤ教徒のための律法学校。

城外へ出てキリスト教徒の墓地へ。

映画にもなったシンドラーの墓。

戻ってきて、フルバシナゴーグ前へ。ここで昼食。近くの見晴らしの良いセルサービススタイルのレストランへ。
ランチとビールで1人あたり3000円。ガイドさんの分はおごりました。

昼食後、カルドへ。

かつてのエルサレムのメインストリート。

6世紀のエルサレム地図にも、カルドが載っている。このモザイクの写真はロックフェラー博物館でも見ることに。

修復されている。

かつての賑わいの様子。

修復されてショッピングセンターにも利用されている。

昔の城壁の遺跡。下になればなるほど昔の遺跡がでてくるとのこと。

商店の中に入ると。

こんな遺跡がある。

ジャッフア門へとつづくアーケード。

遺跡として残すために数字が打たれたが商店街として再利用されたためこのような状態で残されている。

マハネーイフェダー市場に向かう途中にあった家。シャブタイ派の家だそうだ。
ユダヤ教徒はそれぞれのグループごとにコミュニティをつくっている。
この界隈にはシャブタイ派が多く住んでいるとのことだ。

シャブタイ派のシナゴーグ。シャブタイ派は宗祖シャブタイを救世主とするグループ。
モシェさん曰く、異端でも律法を守っている限りユダヤ教徒になるとのこと。
イエスを救世主とするキリスト教もユダヤの律法を守ればユダヤ教徒になるとのこと。

市場に着く。

明日は安息日ということもあるのか、買い物客でいっぱい。

このパンは安息日用のパンだそうだ。

夕食は、歩き方に載っている中華料理屋を探すが見つからず。近くにあったイタメシ屋に入る。

明日が安息日なのか家族連れの客も多い。やや高級レストランといった感じ。
ビール1瓶と水1瓶、パスタ1皿とシーフードグリル1皿を注文してシェアする。
チップを入れて合計7500円。

  3月1日(土)
今日はパレスチナ自治区のベツレヘム・エリコ1日ツアー。

ホテルの部屋。最小限のものはあるいったビジネスホテル。3つ星ホテル。

部屋の下の広場だが、夜になるとテーブルが並び音楽が鳴り響きざわめきと歓声につつまれる。
夜中の3時くらいまで歓声が鳴り響く。最初は耳栓をして寝たが・・・

7時からの朝食は我々だけのようだ。

ホテルの外観。坂を登っていくとメアシェアリームといって超正統派のユダヤ人たちがすむ地域がある。
ピックアップの車は15分遅れでやってくる。
東エルサレムにあるホテルが集合場所になっている。そこで行き先ごとに分けられる。結局出発は9時過ぎとなる。
今日は、安息日のためツアー客が多いようだ。明日行く予定のマサダ・死海ツアーは大型バス。
次の日はマイクロバスだった。今日のツアーは、テルアビブからの客も一緒になっている。
だからか、帰りのマイクロバスを1時間近く待つことになろうとは,知るよしもなかったが。
さらに、予定にあった、良きサマリア人の宿、ミルクグロット、牛飼いの野が省略されることも、知るよしもなかった。

ユダヤ砂漠には,ベトウィンの集落が見られる。さすがにテント住まいではない。

海抜0メートル地点。

記念写真をとる。



ザアカイの木。ルカ福音書にでてくるイチジクの木。



ロシア博物館と公園になっている。外から見るだけ。



エリコに到着。エリコではテル・アッスルターンという遺跡を見学する。

1万年前の住居跡、4000年前の城壁の跡、等々が見られる。考古学好きにはたまらないだろう。

後日、ロックフェラー博物館を見学したが、ここからの出土品が多数展示されていた。















ロープウェイは「悪魔に試みられた誘惑の山」まで運行されている。



遺跡見学を終えて、悪魔に試みられた誘惑の山、を見に行く。

イエスが悪魔に試みられたという山が前方に見える。ギリシャ正教の修道院が見える。
下のかすかに草が生えているところは雨が降ると川になる濁流が流れる。

バスに乗ってベツレヘムに向かう。同行のツアー客。メンジャー広場にあがるところのレストランで昼食。





ビールと牛肉汁かけめしで2300円。サラダ類は自由。

レストランの向かい側は警察署。警察署の手前の道を上がるとメンジャー広場に出る。

聖誕教会。

向かい側にモスクがある。お祈りの放送が流れていた。

教会への入り口。修理工事中。



古いモザイクが見えるように床がはがされていた。







生誕の場所は地下洞窟にありミサが始まったため閉じられている。幕が開くのを並んで待っている。

地下洞窟に入る。



ここが生誕の場所らしい。













隣にあるカテリーナ教会。

ヒエロニムスの像。

教会の内部。



この後、お土産物屋によって、店前の道路で帰りのマイクロバスを待つこと1時間近く。待ちくたびれました。
パレスチナ自治区の出入りは検問のための車が列をなしているのでわりと待った程度。検問自体はあっというまに終わる。
まあツアーバスだしね。
自治区は、観光地しか見てないので何とも言えないが、路線バスはぼろっちい。インフラは今ひとつのようだ。

夕食は、歩き方に載っている中華料理屋を今夜こそはと探すが見つからず。
結局,呼び込みのお姉ちゃんに誘われてこの店に。
ビールは1杯ずつ、つまみにシシカバブ1皿、チップをくれといったので27シュケルを足して150シュケル(4500円)を支払う。
やはり高い。


 3月2日(日)

次の日は、マサダ、死海ツアーの日。ピックアップ時刻の15分前に迎えが来る。
こんなこともあるのだ。結局、ピックアップをしていく最初のホテルだったらしく市内のホテルを回って集合場所のホテルへ。
結局のところ出発時刻は9時頃で、かわらず。今日は、マサダ、死海ツアーはマイクロバスでエルサレム発のツアー客だけだった。

検問所の道路を通過。分離壁が見える。

昨日、エリコ(現地ではジェリコと発音)に行くときに見学した場所に行く。

昨日気になっていたこのモニュメントを見に行く。



多量の化石が発掘されたようだね。

アハバの工場見学というよりはショッピング。

まずは、映画を見せられて、商品説明をされて、是非購入してねというわけだ。

工場はこんな様子。義兄は嫁様のために多量の化粧品を購入。

工場前の花木。

鳥が蜜を吸いに来ていた。

途中、午後によるミラクルビーチで1日中過ごす客を降ろす。ビーチ前には山羊?がうろうろと・・・

砂漠地帯でも給水管が引かれ椰子、バナナなどが栽培されている。

マサダに着く。ビジターセンターになっている。ここからロープウェイに乗って山頂に行く。

マサダの地形の模型。

向こうに見えるのが死海、草木は茂っているところがワジ(雨が降ると川になる)
マサダは紀元前100年頃に建てられた要塞で、その後ヘロデ王が宮殿を建てた。
第1次ユダヤ戦争では最後の戦場になり、ユダヤ人900名がたてこもった遺跡だ。

高校生の遠足客が多数やってきている。



マサダ宮殿、要塞の模型を前に解説。



下にはローマ軍団の宿営地が遺跡として残っている。






この道をたどってローマ兵は攻めてきた。現在は歩いて山に登るコースとなっている。

こんな感じの要塞だった。

ここは、鶏小屋。



シナゴーグもあった。



水をためるシステムの説明。降った雨水はこのような水路を伝わって左の穴に入り貯水槽にためられる。

巨大な貯水槽の跡。

ヘロデ王の宮殿跡。





ヘロデ王の宮殿の模型。

住居跡。

左手が住居跡で、右手に見えるのがローマ浴場跡。その向こうが穀物倉庫群。

右手の建物がローマ浴場。

内部はこんな感じ。

ローマ浴場の焚き口。

住居跡には壁画が残っている。

ロープウェイに乗って下に下りる。

山頂に登っていく高校生たち。

ローマ軍団宿舎の遺跡。

昼食はレストランには長蛇の列ができているし、高いだろうから売店でビール2本とキットカット2個、それにクルミのつまみを購入。
これで二人の昼食にする。これだけで2700円。

遠足に来ていた高校生たちはハンバーガーと袋菓子を配給されていた。水の配給は?

向こうに見えるのがレストラン。

昼食後、死海のミネラルビーチという名前のビーチへ。入場料はツアー代金に入っている。
脱衣場兼トイレがあるが、小さいしロッカーは少ない。というわけで脱衣場で着替えて,衣類は持つことに。
脱衣場の近くにプールと売店兼休憩所がある。

脱衣場から海へ。

海抜マイナス417mの看板。



さあ泳ぐぞ。

水は少し冷たい。

浮きました。

塩分が強いため長くは入っておれません。

死海の泥で泥パック。効き目は?

脱衣場にもシャワーがありますが,狭いので野外のシャワーを浴びます。

のんびりする人はのんびりしています。

着替えて,売店でジュースでも飲みます。死海の滞在時間は1時間程度です。それで十分満足できます。

死海近くのバナナ畑。塩分にやられないために温室でしょうか?
ホテルに帰った後、夕食へ。中華料理屋は諦めて、歩き方に載っている韓国料理屋を探すが見つからない。
軽食堂があったので、ライスの上に肉団子・豆スープをかけたものと、カボチャのなかにミンチ肉をつめたスープを二人で食べる。
しめて1500円。

  3月3日(月)

この日は、エルサレム最終日。フリーの日。このホテルの朝食も最後。



この日も僕たちが最初の客のようだ。ホテルはけっこう客が入っているが。
空港までの乗り合いタクシーを予約をする(1人約2000円)明日の10時発。結局20分程度遅れてやってきたが。

朝食後、神殿の丘へ向かう。朝早いせいか人通りは少ない。

検問前にはずらーと並んでいる。

1時間近く待ってやっと検問所に着く。手荷物検査を一人づつやるために時間がかかるのだ。

橋の上から嘆きの壁を見る。

ずいぶん長い橋ですねえ。

モスレム以外は手荷物検査を受けてモロッコ門からしか入場ができない。出るのはモロッコ門以外から出る。
モスレムはモロッコ門以外の門から自由に出入りできる。モスレムの団体ツアー客があり岩のドームを見学していた。
モスレムのツアー客は集団ごとに集まり集会を行っていた。なにやらシュプレヒコールのようなかけ声をかけあっていた。
何を言っているのかは分からない。

ここは、モスレムの聖地であることをモスレムの参拝客の多さからも実感できる。









神殿の丘にあるトイレ。1シュケル(30円)の有料トイレです。男女はもちろん別々。

次にロックフェラー博物館へ向かう。途中、オーストリアンホスピスにある第3留に立ち寄る。

今日も,各国から巡礼団がやってきている。これはブラジルからの巡礼団。国旗に十字架までかついでいる。

ライオン門近くで見つけた。アメリカの福音教会がこれみよがしにしかも個人名入りで建てた記念碑。

城壁沿いに歩いて、博物館に到着。

義兄が入っていったところは食堂。後で、昼食を食べる。

イスラエル各地から発掘した遺物などが展示されている。無料というのも嬉しい。











1万年以上前の人骨。すごいです。



ジェリコ遺跡発掘の写真も展示。ジェリコからの発掘品も多数展示されている。



年代別に発掘品が整理されている。







ヒシャーム宮殿の彫刻装飾品とはこれのことでしょうか。それともジェリコの宮殿からの出土品でしょうか。









鉄器時代のコーナーには、頭部手術あとの頭外骨が展示されていた。

カイサリアからの出土品も展示されていた。発掘当時のカイサリアの写真。

これはカルドで見ました。

中庭は、アルハンブラ宮殿をまねたようです。

周りにはこんな石棺が展示されています。







食堂では軽食が食べられます。昼食は、サンドイッチとジュース。これで900円とは安いです。
この食堂は,警備の兵士,警官が利用する。
写真には撮らなかったが、近くのテーブルで機関銃を持った兵隊さんが数人、僕たちと同じものを食べていた。

食後、旧市街を散策。モスレム地区を散策していると、入ってこないように注意される。



というわけで、ビアドローサの道に出る。







購いの教会。





地下の遺跡が公開されている。



聖墳墓教会。今日は観光客が少ないようだ。



アルメニア地区へ行く途中、ダビデの塔近くにキリスト教地区のインフォメーションがある。
そこのコーヒーショップで休憩。本格派のコーヒーが飲めた。しかも300円と安い。
アルメニア地区を散策していると、ここでもプライベートな地区だからと散策するのを注意される。

というわけで、今度はユダヤ人地区を散策する。

次にジャッファ門を通り、タイムエレベーターを見に行くことに。

歩き方の地図を頼りに行くが,見つけにくかった。

入場券を購入し、シニア割引があり2人で92シュケル(2800円くらい)
客が来ないので、どうなっているのだろうと思っていると、開演時刻になると団体客がどっと集まってきた。

 施設はかない古い。

エルサレムの歴史をバーチャルリアリティ体験できるものだが、まあまあおもしろい。
この後、メアシェアリーム地区を見学しに行く。
写真撮影できる雰囲気のところではない。
超正統派のユダヤ人たちが住むところらしく大人も子どもも例の服を着込んでいる。
日本でいうと、低家賃の文化住宅が立て込んでいる地区という感じだ。
住宅の一角には学習室らしきものがあり、ちょっとした塾という感じで例の服を着た若者が十数人で律法書か?を読んでいた。
うろうろと見学する雰囲気でもないので早々に引き上げる。

エルサレム最後の夕食は、最初行ったイタメシ屋。
ワイン1杯、ビール1杯にパスタ2皿、チップ20シュケル合わせて192シュケル。(6000円くらい)
高いという感じはしなくなったのは不思議。

 3月4日(火)

この日は移動日。30分近く遅れてやってきた乗り合いタクシーに乗る。(代金は1人65シュケル、安い)
さらに市内のホテルを回って客を乗せて空港へ向かう。
出国におそろしく時間がかかると言うことを聞いていたので、4時間以上前に空港に着くようにした。
検査だが,見るとトランクの検査は1人1人開けてやっている。これは早く来て良かったと思った。
僕たちの番がやってきて、荷物は1人でパッケージしたか?誰かに土産をもらったか?
とか聞かれてトランクの中身検査に向かうように言われたが、行こうとすると、機械が動かず、まあよろしいと言われる。
トランクの中身を全部出されて検査されるのは嫌ですねえ。ラッキーでした。
パスポートチェックもすんなり終わり、調子抜けでした。
イスタンブール行きの飛行機は40分遅れ。まあこれくらいの遅れならよろしいでしょう。



イスタンブール空港に着き、使い残したシュケルを両替しようとするとできないと言われる。日本円を両替する。(1リラは51円)
円の両替率は空港でも、市内でも大差ない。
後日、シュケルは市内の両替屋で両替するが率はきわめて悪かった。
空港でイスタンブールカードを売っているフォトショップなるところを(歩き方にかいてある)探す。
4年前に来たときには,こんなカードはなかった。6リラのカード代金+30リラのチャージで1人分36リラで購入。
タクシーで(50リラ、安いねえ)でホテルに行く。ホテルはタクシム広場近くにある。
ホテルは改装工事中でフロントはごらんの通り。部屋は改修が終わっていてきれいだ。
4つ星ホテルでイスラエルで泊まったホテルと比べると断然良い。
夕食は、広場近くの中華料理屋で食べる。ビール2杯と料理2品で71リラ(3550円)とイスラエルと比べると半額だね。


 3月5日(水)

朝食後、トラムに乗って、国立考古学博物館へ。

僕たちが一番乗り。ここでミュージアムパスを購入。これがあれば、あとのミュージアムで入場券購入のためにならばなくても良いのだ。

博物館は一部改修工事中。

向かいにある装飾タイル博物館。

アレキサンダー大王の石棺と言われている。やはりこれを見なければ。



それと、嘆き悲しむ女たちの石棺。これも有名。





アテネのパンティオンにあった、女神像がここにあった。



コンスタンチノーブル攻防戦の時の鎖。などなど、興味深い展示がありました。

装飾タイル博物館にて。



古代東方博物館にて。



トプカプ宮殿へ。

まずはハレムの見学。

















観光客でいっぱい。宝物館は撮影禁止。宝物のモーセの杖には、やはり苦笑。



次に、アヤソフィア博物館へ。

ここも、改修工事中。















出口にて。義兄が行方不明に。幸い、かなり待って出会うことができてなにより。

4年前に食べた店で昼食。スープとカバブ、水で25リラ。パンは食べ放題。安いです。

この店、老舗です。

ブルーモスクへ。礼拝中で終わるまで入れず。入り口で若者が無料のイベントやっているからと誘うので行くことに。

この建物で、イスラム建築のセミナーが行われていた。英語による解説なのだが、今ひとつよくわからず。それなりの参加者がいた。

再びブルーモスクへ。





次に、モザイク博物館に行く。4年前に行ったことがあるのですぐ分かると思ったが、なかなか見つからない。











さて、次はというと、義兄が海をみたいというので、船に乗ることにする。船もカードで乗れるので便利。対岸のカドゥキョイに行くことにする。



船からの眺めは良いですねえ。



カドゥキョイには、昔ながらのトラムが走っている。

義兄が乗りたがったので、待つがやってこないのであきらめる。

ビール飲んで休憩。

野外イベントをやっていました。

名物の鯖サンドを食べようと探したが見つからず。

戻ってきてエジプシャンバザールを散策。
ホテルに帰るが、義兄のおなかの調子が今ひとつなので、夕食は一人でホテル近くの食堂へ。

鳥の照り焼き10リラ。

ライスプリン3リラ?を食べる。水は1リラ。パンは食べ放題だが,鳥だけで満腹だ。


  3月6日(木)


ホテルの部屋。広いです。窓からの眺めは今ひとつ。隣の建物の窓だけが見える。
今日の深夜、出発なのでトランクの整理をする。

朝食は豪華です。

レストランからの眺めは良いです。

チェックアウトを済ませ、トランクを預けて散策へ。タクシム広場にて。向こうに見えるトラムに乗ることに。

クラシックなトラムです。

小学生が登校中です。

ガラタ塔へ。

眺めは最高です。

カーリエ博物館へ。ここは分かりにくい。帰りに駅を見つけそこなって迷う。

見事なモザイク画があります。

























トラムを乗り継いでタクシム広場に戻ってくる。

昼食に入ったレストラン。スパゲッテイとカツレツ、水は無料。しめて38リラ。

歩いて軍事博物館へ行く。4年前にタクシーに乗ってぼられたことを思い出した。歩いていける距離なのだ。

コンスタンチノーブル攻防戦の鎖。

パノラマは迫力がある。

武器類も豊富な展示。



軍楽隊の演奏は今日は野外で行われた。子どもたちの見学でいっぱい。日本人観光客はいないようだ。





演奏終了後、再び博物館内へ。



ハマムの展示もあった。

トルコ革命のパノラマ。

アタチュルク将軍の展示品が少ないように感じられた。4年前はもっと多かったような。2階部分がかなりクローズされていた。

このあと、トラムを乗り継いでグランドバザールへ。

トルココーヒーで休憩。

スレイマニエジャーミィに行くが、礼拝中で見学できず。

救貧院が現在レストランになっているので夕食をとることに。なんでもオスマン宮廷料理の店だとか。

酒類はないので、ヨーグルトで乾杯。ユフカルキョフテが名物というので注文する。それとグリルの盛り合わせ。パンは食べ放題。
しめて80リラ。これで4000円とは安いです。

食後にジャーミィに行く。夜景も美しい。
4年前ここのジャーミィからエジプシャンバザールまでぶらぶら歩いて20分くらいだったので歩いて行くことにしたが・・・
夜なので尋ね尋ね歩くことになる。思わぬ時間がかかり早足になる。
エジプシャンバザールに着き、トラムを乗り継ぎホテルに戻る。
タクシーを呼んでもらって空港に行く。後は帰るのみ。

空港で、ビールとつまみで休憩(こんだけで44リラ、2200円だ、ここはイスラエルか?)。
帰りも飛行機は満席でした。
無事に日本に帰ることができました。
この日、マレーシア航空の飛行機が行方不明になったというニュースがありました。