原爆投下とカトリック

「だったら問題は意味があるのか?、原爆投下について、いつくしみの特別聖年大勅書理解を深めるための問いかけ」
                
 ある友人との会話で、「あなたが・・だったら、どう考える?」と問うと、「私は・・でないから、分からない。そもそも・・だったらなどと、尋ねることが間違いだ。」と言われた。
 この理屈は、「おまえは、・・でなから、分からない。そもそも、・・でないおまえに、・・の気持ちや状況などが分かるはずがない。」というように使われる。
 そんなことを考えながら、2016年は、第2次世界大戦が終わって71年目の年ということもあり、「いつくしみ」の意味を、さらに考えるために次のような「だったら問題」を作成した。
 ある友人は、「過去のことをあれこれ言ってもはじまらない。すんだことだ。これからどうするのか、ということが大事だ。」と言ったが、はたしてそうだろうか?

(問1)
 1945年8月6日午前2時45分、ポール・ティベッツ大佐はB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」をテニアン島から離陸させた。同機は北に向かって7時間飛行し日本列島に到着した。そして午前8時15分、ティベッツは広島市上空で原子爆弾を投下した(詳細は広島市への原子爆弾投下)。このB-29につけられた名前の「エノラ・ゲイ」は、ティベッツが母親の名前から命名した。

 あなたはカトリック教徒のアメリカ軍人ポール・ティベッツ大佐だったら、広島に原爆を投下するように命令されたらどうしますか。
 *命令に従うのなら、その理由を、
 *命令に従わないのなら、その理由を
 *従軍カトリック神父に相談して決めるのであるなら、その理由を述べてください。

(問2)
 当時、テニアン島には、カトリック神父1名と、プロテスタント牧師2名が従軍していました。
あなたがカトリック神父だとして、大佐から原爆投下の是非の相談を受けたらどのように回答しますか。
 *命令に従うように言う、その理由は。
 *命令に従わないように言う、その理由は。

(問3)
 カトリック神父ジョージ・ザブレッカは、原爆投下の成功を祈って、プロテスタントの牧師2名と一緒に手を振り見送りました。
 あなたがカトリックの神父なら、原爆投下の成功を祈って「エノラ・ゲイ」を見送りますか。
 *見送る、その理由は。
 *見送らない、その理由は。

(問3)
 2005年のTBSテレビによる戦後60年特別企画番組のインタビューで、ポール・ティベッツ氏は、原爆投下時の心情について「興奮はしなかった。(ただ)任務に成功してホッとしていたよ。理解できんだろうがね・・・」と語った。
 *ポール・ティベッツ氏は、原爆投下に関して、反省していたと思いますか?「いつくしみ」の観点から考えましょう。

(問4)
 チャールズ・W・スウィーニーは、1945年8月9日、長崎市にプルトニウム型原子爆弾ファットマンを投下したB-29爆撃機「ボックスカー」の機長で、当時大佐であった。チャールズ・W・スウィーニーもカトリック教徒でした。
 チャールズ・W・スウィーニー 黒田剛訳 『私はヒロシマ、ナガサキに原爆を投下した』 原書房 2000年7月
284頁より引用
「当時私は戦争の残虐性について、苦しんだのが自国の人間であろうと他国の人間であろうと決して誇りや快感を覚えたわけではなく、それは今でも変わらない。
すべての命はかけがえのないものであるからだ。だが私は、自分が立っていたその都市を爆撃したことについて、後悔も罪悪感も感じなかった。
破壊された周囲の光景が物語っていた苦しみは、日本の軍国主義文化の残虐さと、「下等な」民族を征服することを光栄とし日本がアジアを支配する運命にあると考えていた伝統によって、もたらされたものだからだ。
後悔と罪悪感を抱くのは日本の国家のはずであり、偉大なる野望を達成するために国民の犠牲を惜しまなかった軍の司令官たちこそが、とがめられるべきであった。」
 *チャールズ・W・スウィーニー氏は、原爆投下に関して、反省していたと思いますか?「いつくしみ」の観点から考えましょう。

(問5)
 『よい戦争』スタッズ・ターケル著(晶文社)1985 P.560-561 スタッズ氏は、ジョージ・ザベルカ神父にインタビューを行いました。神父はこう話しました。
「(前略)広島のニュースを聞いたときの私の反応は、分裂してた。(中略)当時、罪の意識があったのを思い出せないんだ。
(しかし)長崎がカトリックの街だったのを知って、少し気持ちが変化したことをいわなければならないね。原爆は浦上という郊外の真上に落ちた。
天主堂の数百メートル以内のところにだよ。そこはほとんど全員がカトリックの地区なんだ。聖フランシスが四百年前に来て、日本に信仰を持ち込んだ。
そこは、将軍が信仰を根絶しようとして、数千人のキリスト教徒が殉教したところなんだ。
そこにボストンの善良なアイルランド系カトリック者チャールズ・スウィーニーが飛行機を操縦してきて、爆弾をおとし、仲間のキリスト教徒を殺す。同胞が同胞を殺すんだ。」ジョージ・ザベルカ神父
 *ジョージ・ザベルカ神父は、原爆投下に関して、反省していたと思いますか?「いつくしみ」の観点から考えましょう。

(問6)
 静岡新聞NEWS
ローマ法王に被爆地復興支援要請 長崎原爆投下のB29機長 (2015/8/7 18:25)
 1945年8月9日に長崎に原爆を投下した米B29爆撃機「ボックスカー」の故チャールズ・スウィニー機長が、60年代初めにローマ法王ヨハネ23世(在位58?63年)に個人的に謁見、被爆地の復興支援を要請していたことが遺族の証言で7日分かった。
長崎への原爆投下70年を前に、スウィニー氏の故郷の米ボストン近郊クインシーで次女や弟が共同通信の取材に応じた。
 スウィニー氏は敬虔なカトリック信徒。45年9月に軍の任務で米科学者らと長崎を訪問した。その後、戦災孤児のことを気にかけ、長崎のカトリック系孤児院に寄付したと遺族に話していた。(クインシー共同)
 *チャールズ・W・スウィーニー氏は、原爆投下に関して、反省していたと思いますか?「いつくしみ」の観点から考えましょう。

(問7)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/unsokai/63_sokai0908_a.html
外務省ホームページより
ミゲル・デスコト・ブロックマン第63回国連総会議長は、2009年8月6日広島にて次のようなあいさつをしました。
(英語正文)
 親愛なる兄弟の皆さん、
 私は、世界がかつて目にしたなかで最大の残虐行為を想起する、この最も厳粛な機会を皆様と共に過ごすことを光栄に思い、また深く心を動かされています。
 本日、私は国連総会議長としてだけでなく、個人的な立場からも、この場に臨席しています。
 ローマ・カトリック教会の神父及びナザレのイエスの弟子として、宿命的なB-29エノラ・ゲイ号の故ポール・ティベッツ機長が我々の教会の信者であったという事実に対し、私は心の底から日本の兄弟・姉妹の許しを請いたいと思います。
後に、カトリックの従軍牧師であったジョージ・ザブレッカ神父が、この行為がイエスの教えに対する、想像しうる最悪の裏切りの一つであったと認めたことは、私にとってある程度の慰めではありますが、私は、自分の教会の名において皆様に許しを求めます。・・・以下略
 *カトリック教会は、原爆投下に関して、反省していたと思いますか?「いつくしみ」の観点から考えましょう。