ローマ書を考える(第16章)

 聖書からの引用は、口語訳からのもの。田川建三訳、尾山令仁訳の二つの訳は好対照で読み比べている。

*ローマ書は、パウロがテルテオに口述筆記させたことが分かる。田川訳の注では、17から20節がパウロの自筆部分で、21から24節がテルテオによる付け加えである。

1 ケンクレヤにある教会の執事、わたしたちの姉妹フィベを、あなたがたに紹介する。

*1節から名前の列記で、名前の紹介ばかりである。未知の教会に対して、大勢の名前を列記したのはなぜか、思うに、パウロはおれにはこれだけの信者がいるのだぞと、自慢したかったのだろうね。

17 さて兄弟たちよ。あなたがたに勧告する。あなたがたが学んだ教にそむいて分裂を引き起し、つまずきを与える人々を警戒し、かつ彼らから遠ざかるがよい。
18 なぜなら、こうした人々は、わたしたちの主キリストに仕えないで、自分の腹に仕え、そして甘言と美辞とをもって、純朴な人々の心を欺く者どもだからである。
*パウロは、ローマの教会の中にも、自分とは異なるキリスト教を主張する者がいることを警戒している。パウロの反対者がいることを予想しているのだ。

19 あなたがたの従順は、すべての人々の耳に達しており、それをあなたがたのために喜んでいる。しかし、わたしの願うところは、あなたがたが善にさとく、悪には、うとくあってほしいことである。
20 平和の神は、サタンをすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕くであろう。どうか、わたしたちの主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。

*サタンとは誰かといえば、パウロは自分への反対者、敵対者のことだと考えている。自分に反対する者、敵対する者は、神が踏み砕くぞと言っているわけだ。
ある意味では、反対者、敵対者が怖いというわけか。

24 〔わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にあるように、アァメン。〕

*24節以下の神の栄光を賛美する言葉は、後世の付け加えだと言われている。

*1章から16章を読んで、パウロという人には、良い意味でも、悪い意味でも感心させられる。教祖というのは、かくあるべしということが嫌が負うにも、分かる手紙である。

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