ローマ書を考える(第13章)

 聖書からの引用は、口語訳からのもの。田川建三訳、尾山令仁訳の二つの訳は好対照で読み比べている。


*パウロの説教の続きである。王権神授説のもとになった悪名名高い説教から始まる。

1 すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである
2 したがって、権威に逆らう者は、神の定めにそむく者である。そむく者は、自分の身にさばきを招くことになる。

*田川訳では「権威」ではなく「権力」となっている。国家権力、政治権力、宗教権力、その他諸々の権力(権威といってもさほどかわらないが)は神から与えられたものであり、逆らってはいけないという教えだね。
 パウロはローマ帝国をありがたがっていたからだろうが、なにしろパウロはローマ市民であることを誇っているからね。
 これでは体制御用宗教になるしかないね。

6 あなたがたが貢を納めるのも、また同じ理由からである。彼らは神に仕える者として、もっぱらこの務に携わっているのである。
7 あなたがたは、彼らすべてに対して、義務を果しなさい。すなわち、貢を納むべき者には貢を納め、税を納むべき者には税を納め、恐るべき者は恐れ、敬うべき者は敬いなさい。

*ローマ書が書かれたのが西暦55年から57年頃だと考えられている。70年にはユダヤ反乱が起きるというように、反ローマ、税金不払い運動が起きていた時期だから、よけいに税金をきちっとローマ帝国に払いなさいと言っている。

11 なお、あなたがたは時を知っているのだから、特に、この事を励まねばならない。すなわち、あなたがたの眠りからさめるべき時が、すでにきている。なぜなら今は、わたしたちの救が、初め信じた時よりも、もっと近づいているからである。
12 夜はふけ、日が近づいている。それだから、わたしたちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではないか。
13 そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか。
14 あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たすことに心を向けてはならない。

*パウロは終末がもうすぐ来ると信じていたのは明らかだ。だから禁欲生活をしようと説教をしている。
肉の欲望を満たすというのは、やはり性欲に関してのことで、パウロは性的禁欲主義者であることの表明だ。

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