愚かな金持ちのたとえから
 年間第18主日C年 2013,8,4
ルカ福音書(12.13ー21)

 ルカ福音書だけにあるお話である。エルサレムへの旅行中の話である。ルカは教会人としての自意識が強かった人のようである。未信者に対する信仰のすすめと解釈した言葉は、群衆に対して語られたものと断定している。
 このたとえ話は、未信者に対する信仰の勧めといえる。 群衆の一人が、イエスに自分の兄弟に遺産分けの話をしてくれるように頼むと、イエスは自分は裁判官や遺産分配人と違うでと言った後、「欲を出したらあかん。いくら金を持っていても死ぬんやで。」というわけやな。
そして、このたとえ話をするわけや。ある金持ちは豊作で今の倉に収穫物が入りきれなくなった。どうしようかと考えて、今の倉をこわしてもっと大きい倉にしよう。長生きできる財産ができたし、休んで飲み食いして楽しもう。
 それを聞いた神様は、「馬鹿者、おまえは今夜死ぬのだ。おまえが貯めたものは誰のものになるんだね。」と言った。
 自分のために金を貯めて、神に対して金持ちにならない者は、この金持ちみたいになるんやで、とイエスは言った。
 うーん、いろいろな取り方ができるたとえ話だ。
 僕の受け取り方はこうだ。
 イエスは、金持ちが嫌いである。金持ちがさらに金持ちになることも嫌いである。
 今の世の中で言えば、ブラック企業の代表、ワタミの渡辺のように、社員を人間扱いせず、過労死させ、金儲けにはしり、自民党の国会議員になるようなヤツは、今夜にでも死ねばよいというわけだ。
 「神の前に豊かになる」というのは、庶民が額に汗して働き、健康で文化的な生活がおくれるような世の中になるように、みんな努力しなさいということだ。