神をも畏れぬ裁判官の話から
ルカ福音書18・1−8
年間第29主日C年 2013,10,20

ルカの独自資料によるもの。6−8は、ルカによる蛇足ではなかろうか。
「神を畏れず、人を人とも思わない裁判官がいた。一人のやもめがいて、うるさく裁判をするように要求した。
うるさくてかなわないから裁判をしてやろうと言った。」という話に、イエスは「神は速やかに裁いてくださるが、最後の審判の時には地上に信仰が見いだすだろうか。」と言ったと言うのだ。
ろくでもない裁判官は昔からいて、今もいる。えん罪に手を貸し、時の政府に媚びへつらう判決を出す裁判官がいる。
こんな司法を変えるには、一人のやもめでも(社会的弱者でも)声を上げていかなければ、変えることはできないということだね。
神が速やかに裁いていては、最後の審判までに、すべての審判が下りているのではなかろうか。
最後の審判の際には、地上に信仰が見られるであろうかということは、ひょっとして信仰がなくなっているかもしれないとイエスが考えているのではなかろうか。
イエスというより、ルカがそう考えているのではなかろうか。