桑の木と神の僕の譬えから
ルカ福音書17・5ー10
年間第27主日C年 2013,10,6

 イエスが使徒に対して話した言葉とされている譬えである。
 5,6節はマルコ、マタイに似た譬えがある。
「からし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に海に根を下ろせと言えば、言うことを聞く。」
 というわけだが、イエスの使徒でさえ、「からし種一粒の信仰」がないと、言われているわけだ。
 7節から10節までは、畑を耕すか羊を飼う僕(奴隷のことだろう)は家に帰ってきてからも主人の夕食の用意をし、給仕もしてから、夕食を食べよと主人は言うだろうが、主人は感謝しないのがあたりまえなのだ。
 僕たる者は、主人が言うことに絶対的に服従して、謙虚でいなさいというわけだね。
 ルカがこの話を載せたのは何のためdだろうか。
 それは12使徒に代表される当時の教会の指導者の中には、俺は偉いのだと威張りまくって、偉そうに信者を見下していた人間がいたのだろう。
 それ故、指導者たるものは、神に与えられた仕事をやっているかと言って偉そうにするな、してあたりまえではないか。
 いつも謙虚で取るに足りない僕(奴隷)だと考えなさいという譬えを入れたのだろう。
 このことは、なにも教会だけのことではなく、どの団体の指導者にも言えることだろう。
 一言で言えば、指導者たる者、謙虚さを失っていけないということだね。