第一コリント書を考える(第5章)

 聖書からの引用は、口語訳からのもの。田川建三訳、尾山令仁訳の二つの訳は好対照で読み比べている。

*伝聞をもとに、説教を続けるのが第5章である。事実かどうかの確認がいるのではないかねえ。

1 現に聞くところによると、あなたがたの間に不品行な者があり、しかもその不品行は、異邦人の間にもないほどのもので、ある人がその父の妻と一緒に住んでいるということである。
2 それだのに、なお、あなたがたは高ぶっている。むしろ、そんな行いをしている者が、あなたがたの中から除かれねばならないことを思って、悲しむべきではないか。
*コリント教会の中心は異邦人のはずだったのに、異邦人の間にもないということは、異邦人以下ということか。「父の妻と一緒に住んでいる」ということだが、考えられることは、「実母が死に、実父が再婚したが、実父が死に、義母と一緒に住んでいる」ということだろう。
このことが、パウロにとっては、不品行なのだ。パウロはユダヤの律法にどっぷり浸かって育った人間だから、ユダヤ人ならそんなことはしないぞ、ユダヤ人より倫理的に落ちる異邦人でもそんなことはしないとぞというわけだ。

3 しかし、わたし自身としては、からだは離れていても、霊では一緒にいて、その場にいる者のように、そんな行いをした者を、すでにさばいてしまっている。
4 すなわち、主イエスの名によって、あなたがたもわたしの霊も共に、わたしたちの主イエスの権威のもとに集まって、
5 彼の肉が滅ぼされても、その霊が主のさばきの日に救われるように、彼をサタンに引き渡してしまったのである。

*本当のパウロは霊、肉分離論者だと考えられる部分。パウロは、ある時には終末が来るまで人を裁いてはいけないと言ってみたりしているが、この場合は、さっさと裁いてしまったのだ。
パウロは、この不品行な人間の肉体をサタンに引き渡したぞというわけだ。この人間の霊の部分を救うためだというわけだ。わけの分からん部分だね。
尾山訳はこの部分を「そのような者を除名処分に付す」ことだと意訳している。これなら分かるね。

6 あなたがたが誇っているのは、よろしくない。あなたがたは、少しのパン種が粉のかたまり全体をふくらませることを、知らないのか。
7 新しい粉のかたまりになるために、古いパン種を取り除きなさい。あなたがたは、事実パン種のない者なのだから。わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ。
8 ゆえに、わたしたちは、古いパン種や、また悪意と邪悪とのパン種を用いずに、パン種のはいっていない純粋で真実なパンをもって、祭をしようではないか。

*つまるところは、不品行だと考えられる人物は、どんどん教会から除名して追い出してしまえと言うわけだ。

9 わたしは前の手紙で、不品行な者たちと交際してはいけないと書いたが、
10 それは、この世の不品行な者、・欲な者、略奪をする者、偶像礼拝をする者などと全然交際してはいけないと、言ったのではない。もしそうだとしたら、あなたがたはこの世から出て行かねばならないことになる。

*パウロのことだから、第1コリント書の前に送った手紙には、たぶん「この世の中の不品行な者とつきあうな」とでも書いたのだろう。そう書いたら、コリント教会の信者たちから「そんなことをしていたら、この世の中から出て行かなければならなくなる」と抗議されたのだろう。だから、第1コリント書のこの部分で、そんなことを言ったのではないと、言い訳をしているのだ。

11 しかし、わたしが実際に書いたのは、兄弟と呼ばれる人で、不品行な者、貪欲な者、偶像礼拝をする者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪をする者があれば、そんな人と交際をしてはいけない、食事を共にしてもいけない、ということであった。

*コリント教会のなかで、あいつは除名だ、追い出せ、などとどんどんやれとパウロは言っている。

12 外の人たちをさばくのは、わたしのすることであろうか。あなたがたのさばくべき者は、内の人たちではないか。外の人たちは、神がさばくのである。
13 その悪人を、あなたがたの中から除いてしまいなさい。

*教会外の人間はほっておけ、神がさばいてくれるから。教会内の人間は、神がさばくのではなく自分たちでさばけというわけだ。パウロにはとてもついて行けないね。

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