第一コリント書を考える(第3章)

 聖書からの引用は、口語訳からのもの。田川建三訳、尾山令仁訳の二つの訳は好対照で読み比べている。


*第3章で、パウロは5,6節でちょっとだけ神に対して殊勝な一面を見せるが、それ以外は俺が俺がと、自分が教祖だと威張っているねえ。いかにも人間的というか・・

1 兄弟たちよ。わたしはあなたがたには、霊の人に対するように話すことができず、むしろ、肉に属する者、すなわち、キリストにある幼な子に話すように話した。
2 あなたがたに乳を飲ませて、堅い食物は与えなかった。食べる力が、まだあなたがたになかったからである。今になってもその力がない。
3 あなたがたはまだ、肉の人だからである。あなたがたの間に、ねたみや争いがあるのは、あなたがたが肉の人であって、普通の人間のように歩いているためではないか。

*コリント教会の信者たちは、まだまだ宗教的な水準で低い者たちだから、そのように扱った。今も低い水準だ。ねたみや争いがあるではないか、と説教をしているのだが、パウロの扱い方が間違っていたからとか、パウロの努力が足りなかったのでこうなったと、考える気はさらさらないようだ。俺は正しい、お前らは間違っているというわけだ。

4 すなわち、ある人は「わたしはパウロに」と言い、ほかの人は「わたしはアポロに」と言っているようでは、あなたがたは普通の人間ではないか。
5 アポロは、いったい、何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。
6 わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。
7 だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。
8 植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。

*パウロの言うことは正論でまともである。じつに神に対して殊勝な心がけで、謙虚な一面をみせている。こういう感じで書簡が書かれていたら、誰からも尊敬されただろうに。

9 わたしたちは神の同労者である。あなたがたは神の畑であり、神の建物である。
10 神から賜わった恵みによって、わたしは熟練した建築師のように、土台をすえた。そして他の人がその上に家を建てるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。
11 なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。

*やはりパウロは教祖だなあと実感できる部分だ。コリント教会の土台を作ったのはパウロだ。イエス・キリストという土台を作ることができるのはパウロだけだ。他の人間ができるのはパウロが作った土台の上に建物を建てることだけだ。

12 この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、または、わらを用いて建てるならば、
13 それぞれの仕事は、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日は火の中に現れて、それを明らかにし、またその火は、それぞれの仕事がどんなものであるかを、ためすであろう。
14 もしある人の建てた仕事がそのまま残れば、その人は報酬を受けるが、
15 その仕事が焼けてしまえば、損失を被るであろう。しかし彼自身は、火の中をくぐってきた者のようにではあるが、救われるであろう。

*アポロやケパやその他の者が、パウロ以外の教えを広めるだろうが、最後の審判の時には本当の教えは誰の教えか明らかになる。
 その時、アポロやケパやその他の者の教えが間違っていることが明らかになるが、彼らもそれなりに救われるだろうよ。というわけだ。彼らは救われないだろうよ、と言いたいのだけど、そこまで言うと角が立つので言わないというわけだ。

16 あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。
17 もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。
18 だれも自分を欺いてはならない。もしあなたがたのうちに、自分がこの世の知者だと思う人がいるなら、その人は知者になるために愚かになるがよい。
19 なぜなら、この世の知恵は、神の前では愚かなものだからである。「神は、知者たちをその悪知恵によって捕える」と書いてあり、
20 更にまた、「主は、知者たちの論議のむなしいことをご存じである」と書いてある。

*教祖パウロの説教。コリント教会の信者は神の宮だと持ち上げる。この世の知者になるな、つまりあれこれ分かっていると言って偉そうにするな。偉そうに論議をするな。

21 だから、だれも人間を誇ってはいけない。すべては、あなたがたのものなのである。
22 パウロも、アポロも、ケパも、世界も、生も、死も、現在のものも、将来のものも、ことごとく、あなたがたのものである。

*パウロをはじめすべてのものは、コリント教会の共通財産なのだ。すべて大事にしなさいよというわけだ。
パウロの本音か、建前か?

23 そして、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものである。

*じゃあ、パウロはどうなんだというわけで、第4章へ続くわけだ。


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